日本で現代ロシア絵画常設展示の美術館を創ったことの意義

2020年4月17日付原稿を2021年12月31日加筆更改

ストーンウエルアートギャラリー代表

見川千惠子

 当該エッセーは、私が代表を務める当美術館で、館長をお願いしている私の兄(石井徳男)が、彼の住む新川の実家を取り壊して私たち夫婦と彼の二世帯住宅を建て一階に美術館をつくる件に関連して、時折々に話したロシア絵画の体験談を、私が詳細を省いて取りまとめたものです。

 当美術館が所蔵する現代ロシア絵画は、230点です。それは、兄が最初のモスクワ駐在4年間の2年目、1990年3月より2回目5年間のモスクワ駐在が終了する2003年6月までの約13年間に亘り蒐集したコレクシヨンです。自らの感性に従って「力を感じる絵を」という基準で集めたと兄は述べています。

 その230点を制作した画家は全部で84名です。兄の確信するところによれば、『その何れもが、現代ロシア画壇の高い芸術レベルを代表する基準に合致し、また「ロシア芸術家プロ同盟」(以下プロ同盟と称します) のランキング評価「4」以上をクリアーした画家』ということになります。プロ同盟の詳細は、兄の著作「現代ロシア絵画考」の P. 145、ないしは彼の*ホームページに掲載の、無料公開している同改訂版のページ No. 96 を参照ください。
URL : https://www.ishii-gallery.com

 日本において現代ロシア絵画の常設美術館をつくることに兄は長年拘り続け、「本場ロシアの高い芸術レベルの原画を常設展示する美術館を日本に創れば、我が国にとっても好ましい事柄で、画期的な社会貢献になる」とか、「ロシアにとってもそれは価値があり、それによりロシアを理解する日本人が増え、相互理解と平和のためになる」といった、大言壮語と思えるような話を、私も何度か聞かされています。

ところが、今から数か月前になって(2019年12月初めごろ)、兄の確信がより客観的な形で明らかになりました。当美術館のコレクション84名の画家の大部分が、プロ同盟に入会し、高いランキング評価を得ていたことが判ったからです。

 プロ同盟から彼が取りつけた、その84名についての最新のランキング評価は、「3」1名、「4」69名、「5」4名、「当該同盟に未加盟な者」10名です(ついでながら、「5」の4名、「未加入者」10名についても、「4」の基準で選んだもので、少なくともその選んだ作品は「4」のレベルにあると兄は述べています)。

 兄の説明によれば(彼が書いて私に手渡したものをそのままご紹介します):
◎ランキングに関してプロ同盟は、「5」以上を職業画家と見做し、職業画家となった画家の3か月ごとに行われるレベル移行は(その移行には、「5」からより高いレベルへの上昇と、より高いレベルから「5」までの下降の両方向があるが)、その3か月前のマーケットの取引実績に依って決められている。例えば、2003年初旬時点頃まで84名の画家の中に評価「3」が5名いたが、今回2003年6月時点で、その中の4名は「4」に降格移動した。

◎2003年6月に「ロシア国内ランキング」の「3」以上の画家に、芸術評価の高い、18世紀から現在までの外国人画家を加えて「国際画家ランキング」を設定している(その活躍期間はロシアの画家の活躍期間の基準に合わせて画家を選択)。「ロシア国内ランキング」の画家数は毎年増え続け、2019年8月の時点で 52,956名の加盟者となっているが、「国際画家ランキング」の方は、10,067名(そのうち外国人画家は 1,650名)と、全体の画家数は毎年同じように推移し、あまり変わっていない(但し、全体数はそんなに変化のない中で外国人画家数が減って、ロシア人画家が増える傾向)。

◎「ロシア国内ランキング」評価につき、「1」は存命中の画家には付与されず、「2」~「4」は50歳未満、及び「5」は35歳未満には付与されない等、年齢制限を設けているのも特徴的である(それは、写実主義絵画がそれだけ長い期間、不断の修練を要することを示していよう)。

 最後に表題の「当美術館を日本に創ったことの意義」に関連して、これまでやってきたことを振り返って、なるべく簡単に述べることにする:
◎ロシア革命直後から芸術レベルの高い美術品は、国民の財産として国外への持ち出しが禁止されていたため、ペレストロイカが始まる少し前まで約100名の優れた画家の作品は、常時国外持ち出し不能であった。絵画芸術は原画を観ないと、その真価が解らない。そのため伝統写実主義絵画の芸術が大変高いレベルにあるのは、西側自由諸国に認知されることは嘗てなかった訳で、これが現代ロシア画壇の悩ましい大きなジレンマとして、今に至っている。それは兎も角、私の最初の駐在時は、芸術レベルの高い絵を持ち出すことのできた初めての時期で、その状況下で絵画に強く惹かれたために、その僅か数年の期間に、200点に余る優れた作品を蒐集することとなった。

◎後にモスクワの勤務を終え日本に戻った時(2003年6月末)、日本での写実主義絵画の不人気に直ぐ目が留まり、その障害を取り除く挑戦に挑むことに決めたが、この作業はとてつもない労力を要し、比喩的に述べるならば、目の前に大きな山塊が立ちはだかり、車で通るのを遮っている状況で、私の仕事は山にトンネルを敷くようなものであった。そのような大きな仕事を二段階に亘って行い、第一回目はモスクワでの絵画探究の経験に基づき上記の本を書いたこと。その原稿の70 % ほどは 1997年9月より二回目のモスクワ駐在の赴任までの半年の間に東京の自宅で書き上げ、日本で本を出版できたのは 2005年5月末であった。

◎第二段階は、ホームページを開設し、そこで上記著書の改訂版を三か国語で読めるようにした。その計画の実現に三年を要し、2013年7月初めに*ホームページを公開。誰でも無料で閲覧できるようにしたのは、ロシア絵画理解の普及率を出来るだけ加速するためであった。その準備の途上で、ロシア絵画普及活動の一環として将来、自分の美術館を創りたいという気持ちが芽生えたのであるが、それはさて置くとして、2020年10月28日の時点で、本書を読了した人の数は、日本語原文が延べ28,150名、英語翻訳版―9,160、露語翻訳版―10,200 であった。それ以降はプログラム・ソフトの最新版への切り換えの関係で、カウンターがゼロからの仕切り直しとなり、その後(知名度が少しずつ浸透してきたためか)、それまで7年3か月掛っていた上記の数字は4年で達成できそうな勢いになっている。読了者の数は今のところ、そのように多いのであるが、新型コロナウイルス禍のため美術館の客数に全くと言ってよいくらい結びついていない。しかし、上記の当該結果が示す通り、当美美術館の普及活動がロシア美術理解者拡大の点で果たした役割は注目に値するであろうし、その読了頻度が同様のペースで進むとすれば、将来的にも美術館の普及活動の助っ人になるであろうと考えている。
URL : https://www.ishii-gallery.com/artgallery

◎結語として、これまでやってきたことの活力源ともなった、より根本的な事柄やそれについての私の意向等を述べておきたい:

  • 所蔵コレクションを活用して美術館を創ろうと考えたそもそもの動機は、絵を鑑賞する楽しみを絵が好きな方々と共有したい。それが実現すれば、彼らにとっても、展示作品の作者にとっても、有益で楽しいことであるので、私も楽しみながら長く続けられるであろう。そう考えて(気持ちの上で、自身に言い聞かせるように)、美術館の事業に携わることにゴーサインを出したのであるが、しかし、それを気力の支えとして生かし、長期計画通り当美術館を存続させる自信があるのかと言えば、「やってみなければ、分からない」という気持ちが6割強。何故なら、美術館の業務は、利益を上げるのが極めて難しい業種であり、他の私設の美術館はどれも例外なく、大企業がバックに控えているのと違い、当美術館は運営費用を長期に亘って賄う裏付けに乏しい為であるが、それだからこそ、絵を共に楽しむ当初の気持ちをいつまでも大事にしたいと思う。また、好きでやろうと考えたことをやらずに人生の終りを迎える時、きっと悔やむことになるという想いから、「兎に角、やるしかない」と、駒を前に進めている。
  • 後の四割弱が、その不安に対処するために興した私の試み、つまり、上記の二段階に亘る周到な準備であった訳であるが、それは、不安に抗う自信があったゆえの対応ということになるであろうか。その自信がどこから来ているかと言えば、ロシア写実主義絵画の優れた作品には、(幼少よりの英才教育により)画家がそれまで学んだ油彩画の伝統と各自の技量が凝縮されている。そのことが、画家の創作意図まで透けて見えるほどに解るため、そのすべてを画家の表現した作品そのものから直に学び獲れたからで、つまり、それはこれまでじっくりと鑑賞した優れた画家の作品群が、写実主義絵画の正規の高等教育を受けていない私にとっての、言わば「私の大学」であったことの確信から来ている。
  • 美術館は現に出来上がり、2019年6月1日より開館して、既に賽は投げられている。上述の「兎に角、やるしかない」という覚悟は、自ずと好きで選んだ道という心構えになって、美術館に於いても、自らの感性により感じ取ったその美学を左脳の論理で克明に再現しながら、展示作品の解説をしている。これが顧客の方々に大変喜ばれ、帰り際に「絵に癒されました!」と満足げに眼を輝かして来館の感想を述べてくださる方も多い。嬉しい限りである。私が展示作品の解説を施す理由は、画家の身の回りの事柄を描いた写実主義絵画は、ロシアに長く生活した経験がないと、本当には解らないところがあるからで、気候の変わり目にまつわるロシア人の感性や、画家の創作意図を洞察するためには、題名を考慮に入れる必要があるといったこと等を、説明の途中に差し挟んでいる。
  • そうした営業推進の営みが、当美術館に特化した主要な普及活動である。その一環として、必要に応じ展示作品の解説を施すのみならず、ロシア絵画の理解に繋がるエッセーをこれまで8件ほど書いているが、それを少しずつお客様に差し上げている。それによりロシア写実主義絵画の素晴らしさが草の根的に広まるよう、今後もエッセーを書き続ける所存でいる。

 小さな美術館は、何かに特化した絵を見せて、美術館の特長を出すのが大事と思います。繰り返しになりますが、当館は現代ロシア画壇を代表していると言える、「ロシア芸術家プロ同盟」のランキング評価「4」以上の作品を常時30点前後展示しています。内法40.4帖の展示スペースの中で、絵が映えて見えるように配置し、自信を持って作品を紹介しておりますので、その点はご安心頂けます。其々の絵に個性があって、どれもがお勧めです。

 それはそれとしまして、今は大変な時です。新型コロナウイルスが収束に向かいましたら、見応えのある現代ロシア絵画を鑑賞され、楽しむことによって、家に待機して溜まったコロナ疲れのストレスを癒して頂き度。ご来館を心よりお誘い申し上げる次第です。

PS : 私の発言と兄の発言を区別するため、兄の発言段落の始めに◎(二重丸)を付加しています。無印は私の発言を意味します。